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東京地方裁判所 平成9年(ワ)25161号 判決 1998年9月28日

原告

角田金二

更生会社

株式会社栄商事管財人

被告

河野玄逸

更生会社

株式会社栄商事管財人

被告

渡邉和男

右被告ら両名訴訟代理人弁護士

川村英二

曽我幸男

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し金一八万八八六一円及びこれに対する平成九年八月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、株式会社栄商事(以下「栄商事」という)に雇われていた原告が、会社更生法に基づいて選任された栄商事の管財人である被告らに対し、平成九年七月一日から同月三一日までの休業手当金一八万八八六一円及びこれに対する休業手当の支払の日の翌日である同年八月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  前提となる事実

1  栄商事は麺類の製造販売業、中華料理店及び日本料理店の経営などを業とする株式会社である(書証略、弁論の全趣旨)が、原告は平成六年六月二日基本給として一か月当たり金二七万八〇〇〇円、毎月末締めの翌月一〇日払いとすることを約して栄商事に雇用された(争いがない)。

2  原告は栄商事の直営店である草加松原店に勤務していたが、栄商事は平成九年五月二六日東京地方裁判所に会社更正手続開始の申立てをした(争いがない)。

3  栄商事は同年七月二二日付け解雇予告書をもって同月三一日に原告を解雇する旨の意思表示をした(争いがない)。

4  東京地方裁判所は同年一一月一三日午後五時栄商事について更正手続を開始すること、被告らを管財人に選任することなどを決定した(弁論の全趣旨)。

三  争点

栄商事は原告に対し同年七月一日から同月三一日までの休業手当を支払う義務を負うか。

1  原告の主張

(一) 栄商事は平成九年五月二五日ころ原告に対し異動先の店舗が決まるまで自宅で待機するよう指示し、原告はその指示がされた以降は自宅で待機していたところ、栄商事は同年七月三一日をもって原告を解雇したのであるから、同月一日から同月三一日までについては休業手当を支払うべきである。

なお、栄商事の本部のながしまマネージャーが同年六月上旬ころ原告に対し栄商事の経営に係る足立保木間店や埼玉吉川店への異動の話をしたことがある(ただし、原告は右のとおり認めていたが、その後異動の話があった店舗は足立保木間店や埼玉吉川店ではなく宇喜田店であったと主張して右の事実を否認するに至った)。原告は書面をもって異動を命じるのならこれに応じて異動すると答えたところ、ながしまマネージャーは書面を出すことを約束した。しかし、その後栄商事からは原告に異動を命じる旨の書面は出されず、いつから勤務すべきかの指示もなかったので、原告は栄商事から命じられていた店舗保全、残務整理及び自宅待機の各業務を行っていた。栄商事は同年七月中旬に原告に対し店舗名を特定せずに異動するよう求めてきたが、原告は書面を提出してもらえるのなら異動には応じると答えたが、栄商事から書面は出されなかった。

(二) 同年四月一日から同年六月三〇日までの九一日間に栄商事から原告に支払われるべき賃金の総額は金九二万四〇〇〇円であるから、これを九一日で除した金額が原告の一日当たりの賃金であり、これに一〇〇分の六〇と休業期間である三一日をそれぞれを乗じた金額が同年七月一日から同月三一日までの三一日間の休業手当であり、その金額は金一八万八八六一円(一円未満切捨て)となる。

2  被告の主張

栄商事は同年五月下旬ころに原告に対し草加松原店の残務整理を命じたことはあるが、それは会社更正法に基づく更正手続開始の申立てを行った直後の一時的なことにすぎない。栄商事は平成九年六月上旬ころに原告に対し栄商事の経営に係る足立保木間店又は埼玉吉川店の二番手(店長の次の地位の従業員)として勤務するよう命じたが、原告はこれを拒否し、その後栄商事が何度も異動を命じたにもかかわらず、原告は正当な理由がないのに自宅待機を続け出社せずに労務を提供しなかったのであるから、同年七月一日から同月三一日までの賃金請求権は発生しない。栄商事ではその従業員の異動に当たって他の店舗への異動を命ずる書面を出したことはなく、また、原告に対し異動を命ずる旨の書面を出すことを約したこともないのであって、原告に対し他の店舗への異動を命ずるに当たってその旨を記載した書面を出さなかったからといってそのことをもって自宅待機を継続する理由にはならない。

第三当裁判所の判断

一  争点(休業手当の支払義務の有無)について

1  前記第二の二2ないし4、証拠(書証略、原告本人(ただし、次の認定に反する部分を除く))によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は栄商事の直営店である草加松原店に勤務していたが、栄商事は平成九年五月二六日同社の経営に係る各店舗の店長を本部に呼び、同社が会社更正手続開始の申立てをすること、それに伴い同社の経営に係る店舗については営業を継続する店舗と閉鎖する店舗に分け、閉鎖する店舗については店舗保全(店舗内に保管されている備品や食材その他が持ち出されていないかどうかを確認すること)、残務整理(いつでも店舗の明渡しができるように店舗内の備品や食材その他を確認しておくこと)及び自宅待機が命ぜられることなどが説明されたが、草加松原店については営業を継続すると説明された。ところが、栄商事は同社が東京地方裁判所に会社更正手続開始の申立てをした翌日である同月二七日に原告に対し草加松原店は閉鎖することになったことを伝えるとともに原告に店舗保全、残務整理及び新たな異動先の店舗が決まるまで自宅待機をするよう命じた(栄商事が原告に対し新たな異動先の店舗が決まるまで自宅待機をするよう命じたことは当事者間に争いがなく、その余は(書証略)、原告本人)。

(二) 栄商事の本部のながしまマネージャーは同年六月初めころに原告に対し草加松原店の残務整理の状況を確認するとともに宇喜田店への異動を打診したが、原告はながしまマネージャーに対し宇喜田店に異動するに当たって本部から異動の辞令を記載した書面を出してほしいと求めた。ながしまマネージャは原告が求めた書面を出すかどうかについての確答は避けてとりあえず原告に異動に応ずる意思があることを確認するにとどめた(書証略、原告本人)。

(三) 原告がながしまマネージャーに対し本部から異動の辞令を記載した書面を出してほしいと求めたのは、そのような書面もなしに新たに店長に任命されたとして赴任すると、赴任先の従業員との間で摩擦が生ずることを懸念したためである(書証略、原告本人)。

(四) 栄商事は会社更正手続開始の申立てをするまでは従業員を他の店舗に異動させる際に異動の辞令を記載した書面を交付したことはなかった(書証略、原告本人)。

(五) 栄商事は会社更正手続開始の申立てに伴いその経営に係る店舗のうち閉鎖することにした店舗の従業員は解雇することにし、同年六月の給料として基本給の二五パーセントを支給した(書証略)が、原告には基本給の二五パーセントではなく相応の給料を支払った(書証略)。これは、栄商事は原告が店長を務める草加松原店は閉鎖したが、原告を解雇するつもりはなく、原告を他の店舗の店長として働かせたいと考えていたことによる(書証略)。

(六) 原告は同年五月二七日から自宅待機を始め、同年七月三一日まで自宅待機を続けていたが、右同日をもって解雇された(前記第二の二3、原告本人)。

2(一)  以上の事実が認められる。

(二)  これに対し、原告はながしまマネージャーが原告の求めに応じて書面を出すことを約束したと主張する。

確かに原告とながしまマネージャーとの会話を録音したテープを反訳した書面(書証略)の六枚目表後ろから二行目から同裏末行には、ながしまマネージャーが原告が宇喜田店に異動するに当たって原告の求める書面の提出に応じたかのような部分がある。しかし、右の書面(書証略)の七枚目裏五行目から八枚目裏五行目までには、ながしまマネージャーが原告の求めるような書面があっても原告の懸念するような摩擦は必ず起きるであろうからそのような書面を出しても意味がないのではないかと述べた上、それはともかくとして原告には異動に応ずる意思があるかどうかを尋ねたところ、原告が異動に応ずる意思があると答えたことが記載されており、これらの経過によれば、ながしまマネージャーが原告との間で栄商事が原告の異動に当たって原告が提出を求めた書面を出すことを約束したことを認めることはできない。そして、原告本人尋問の結果を考え合わせても、ながしまマネージャーが原告との間で栄商事が原告の異動に当たって原告が提出を求めた書面を出すことを約束したことを認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

3  以上の事実を前提に、原告は平成九年七月一日から同月三一日までの期間について栄商事から自宅待機を命じられていたかどうかについて判断する。

(一) 栄商事が草加松原店の閉鎖に伴い同年五月二七日原告に対し同店の店舗保全、残務整理及び新たな異動先の店舗が決まるまで自宅待機を命じたことは前記第三の一1(一)のとおりである。

(二) しかし、被告は、栄商事が右(一)のとおり原告に自宅待機を命じたのは一時的なものであって同年六月上旬以降は足立保木間店又は埼玉吉川店への異動を命じたと主張するので、まずこの点について判断する。

栄商事は原告が店長を務める草加松原店を閉鎖することにしたものの、原告を解雇するつもりはなく、原告を他の店舗の店長として働かせたいと考えていたこと(前記第三の一1(五))からすれば、栄商事が同年五月二七日に原告に命じた自宅待機をしばらくの間継続するつもりであったとはおよそ考え難いこと、現にながしまマネージャーは同年六月初めころに原告に対し他の店舗へ異動する意思があるかどうかについて確認し宇喜田店を挙げて異動を打診していること、齋藤保夫はその陳述書(書証略)において栄商事の本部の青木マネージャーが同年六月上旬以降原告に対し何度も足立保木間店又は埼玉吉川店に異動するよう求めたと供述していること、原告も一旦は栄商事が同年六月上旬ころ原告に対し栄商事の経営に係る足立保木間店や埼玉吉川店への異動の話をしたことがあることを認めていたのであり、その後これを否認するに至ったが、原告はその本人尋問において右のとおり認否が変遷している理由を具体的に明らかにしていないこと、以上の点を総合すれば、栄商事は同年六月上旬以降原告に対し何度も足立保木間店又は埼玉吉川店に異動するよう求めたことが認められ、この認定に反する原告本人尋問の結果は採用できない。

これに対し、栄商事の作成に係る雇用保険被保険者離職票-2(書証略)には、賃金支払対象期間が平成九年七月一日から同月三一日までの「<13>備考」欄に「休業手当」と記載されており、「<14>賃金に関する特記事項」欄に「H九・六・一~自宅待機 休業手当六〇%(全部未支給)」と記載されているが、証拠(略)も考え合わせれば、雇用保険被保険者離職票(書証略)に右のような記載があることは右の認定を左右するには足りず、他に右の認定を左右するに足りる証拠はない。

(三) 次に、原告は、栄商事から異動の話があり、原告は栄商事に異動の辞令を記載した書面を出してもらえるのなら異動に応じると答えたが、栄商事から異動の辞令を記載した書面は出されず、いつから勤務すべきかの指示もなかったと主張する。

しかし、ながしまマネージャーが原告との間で栄商事が原告の異動に当たって原告が提出を求めた書面を出ずことを約束したことが認められないことは前記第三の一2(二)のとおりであり、また、栄商事は会社更正手続開始の申立てをするまでは従業員を他の店舗に異動させる際に異動の辞令を記載した書面を交付したことはなかったのである(前記第三の一1(四))から、栄商事が原告の異動に当たって書面が出さないことをもって配転命令を拒否する理由にはならないというべきである。

そして、原告がながしまマネージャーに対し本部から異動の辞令を記載した書面を出してほしいと求めたのは、そのような書面もなしに新たに店長に任命されたとして赴任すると、赴任先の従業員との間で摩擦が生ずることを懸念したためであり(前記第三の一1(三))、右のほかに原告が本部から書面を出してほしいと求めた理由があったことはうかがわれないのであり、原告は栄商事が原告に対し草加松原店から他の店舗に異動してほしいと求めたこと自体が栄商事と原告との間で締結した雇用契約に反するなどと主張しているわけではない。このことからすると、栄商事と原告との間で締結された雇用契約においては原告の勤務場所を変更することは使用者である栄商事の指揮命令権の行使として原告の同意なしになしうるものとされていたものと認められる(この認定を左右するに足りる証拠はない)。したがって、栄商事が原告に対しその同意も得ずに足立保木間店や埼玉吉川店への異動を命じたことをもって配転命令を拒否する理由にはならないというべきである。

(四) 以上によれば、原告は同年六月上旬以降栄商事から足立保木間店や埼玉吉川店に異動する旨の配転命令を受けており、これを拒否すべき正当な理由は認められないのであるから、右の配転命令によって同年五月二七日にされた自宅待機命令は撤回されたものというべきである。原告は栄商事から配転命令が出された後も自宅待機を継続しているが、これは、配転命令によって自宅待機命令が撤回されたにもかかわらずその後も勝手に自宅待機を継続していたことになる。

4  以上によれば、原告は栄商事から足立保木間店や埼玉吉川店に異動する旨の配転命令を受けた後もこれに応ぜずに勝手に自宅待機を継続している(前記第三の一3(四))ことになるが、これは法的には原告が栄商事に対する労務の提供を拒否したことになるから、原告が栄商事の配転命令に応ぜずに勝手に自宅待機を継続した期間中は原告の給料債権は発生しないというべきである。そして、以上認定した事実によれば、平成九年七月一日から同月三〇日までは原告が栄商事の配転命令の応ぜずに勝手に自宅待機していた期間であることは明らかであるから、右の期間について原告の給料債権は発生していない。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない(なお、本訴請求における訴訟物は原告の栄商事に対する平成九年七月分の給料債権であるというべきであり、栄商事について更正手続の開始決定がされたのは同年一一月一三日であるから、右の給料債権は会社更生法一一九条後段に規定する共益債権に当たると認められる。したがって、当裁判所が右の訴訟物について審理したことに何ら違法な点はないというべきである)。

二  結論

以上によれば、原告の本訴請求は理由がない。

(裁判官 鈴木正紀)

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